海上自衛隊第1術科学校にて【鑑これ】

艦隊これくしょんのアニメのおかげで久しぶりに江田島へ行きました。海上自衛隊第1術科学校に入るのは実に数年ぶり。前に訪れた時は鑑これのかの字すらなく、少々歴史をかじった程度での見学でした。前回行った時に参考にしいていたのはこのフラッシュでした。久しぶりに見ましたが、後半の死の行進が見ていて辛すぎます。



尚、鑑これの動画でも同じ流れの作品があったりします。こちらでもきついものがあります。



今回は鑑これに付随?する資料を眺めていくうちに知識が増えたため展示してあるモノを見て感じた事は前回とは異なったものとなりました。教育参考館にはどんなものがあるのかを一部のみを紹介してみます。

まずは館の外にも展示のある駆逐艦「雪風」から。

・「雪風」の舵輪と錨

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幾多の戦線をくぐり抜け終戦まで残った強運の船。戦後は復員船として15回遂行。後に戦後賠償鑑とされ中華民国へ譲渡。一戦を退き日本に返還運動が起きるものの夏の暴風雨によって大破し日本へ戻ることは出来なくなる。碇と舵輪のみ日本に戻ってきて今は舵輪が参考館の中、錨は参考館の外に展示してあります。

参考館の中は撮影禁止なのでコメントによる紹介で進めます。

・「飛龍」山口多聞少将の戦闘帽

ミッドウェー海戦時の二航戦司令官。赤城加賀蒼龍が被弾し残った飛龍にて反撃。一矢報いるも飛龍も大破炎上。その折に船から降りずに飛龍と共に沈みます。脱出する部下に形見の品はありませんかと問われ被っていた帽子を渡します。その帽子が紆余曲折あってここに展示されています。

・「矢矧」の12cm高角双眼望遠鏡

レイテ湾海戦で損傷した艦橋の12cm高角双眼望遠鏡が曲折を経てこちらへ。性能の良い船で多数の魚雷や爆弾直撃、至近弾をくらっても長らく持ちこたえた、と紹介してあります。

・「青葉」御紋章

レイテ沖海戦で大破し、呉で本格的修理を行う予定であったが、あまりも大きすぎる損傷のために修理の見込みが立たず、呉工廠近くに繋留放置。1945/7/24の呉空襲で大破着底。そのままで終戦を迎え後に解体。御紋章は江田島へ、主砲砲身の尾部が大和ミュージアムに展示してあります。

・「大和」御紋章の写真、主砲の弾

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大和の沈没地点に潜って撮影された写真です。NETで調べてみましたが意外と少なく、同じものはありませんでした。外には主砲の弾が展示してあります。

・93式酸素魚雷

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個人的に「北上」さんの代名詞になっている魚雷。他にも92式、91式が展示してあります。

今回は二回目ということで駆け足で全体を眺め、それから戻って眺めなおすという行動に出ました。一度外に出て案内の方に話を聞いてみると「大体の人が時間内に見終わらず遺書の所位で終わってしまう」等の事が聞けました。この後は最初の待合室にて見学終了になります。ちょっと面白いのがこの敷地内にあるポプラ。扱っている代物がちょっと面白いので帰りに覗いてみることを推奨します。




この項はこれで御終いです。
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広島在住の自転車乗りです。どうにかオタク続けてます。

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