陸奥記念館に行ってきました

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山口県に陸奥記念館という建物があるという。これを知ったのが今年の頭。鑑これにどっぷりと填っている自分が行かない理由はない。行く算段を考えます。場所は周防大島。JR最寄りの大畠駅から37km。自転車で走るには良い距離なれど、自宅から大畠駅がちと遠い。冬の期間にナイトライドをする気にはなれなかったので折衷案で大畑駅まで輪行でそれから後を自走という工程にしてみました。

ちなみに普通に行く場合は大畠駅からバスが30分に一本位の間隔であります。自転車で行くのは単なる私の趣味です。

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まずは輪行。丁度山口県を走る頃に夜明けで良い感じの車窓でした。

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大畠駅から出発。まずは周防大島大橋を渡って一枚。この手の島は交通量が少ないので自転車で走るには非常に良い塩梅です。

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2時間弱で到着。辺境ということで本日最初の来場者だったようです。ここで陸奥の概要をwikiから。

”「陸奥」は長門型戦艦の2番艦で、八八艦隊計画二番手である。姉妹艦「長門」より1年遅れた1917年(大正6年)に八四艦隊案の一艦として加賀型戦艦、天城型巡洋戦艦と共に予算が承認された[1]。1918年(大正7年)6月1日に横須賀海軍工廠にて起工され[2]、1920年(大正9年)5月31日に進水[3]、1921年(大正10年)11月22日、引渡し式が行われ軍艦籍に入った[4]。佐世保鎮守府に入籍。
1番艦の「長門」と共に、日本の力の象徴として戦前の国民に長く愛された。戦前の学校の教科書に描かれたり、男子がイメージする軍艦といえば、当時の連合艦隊旗艦である「長門」や「陸奥」であった[5]。陸奥湾に入泊した際には多くの青森県民が見学に訪れている[6]。陸奥艦内神社は岩木山神社の御分神を祀っていたため、乗組員も岩木山神社に参拝した[6]。
第二次世界大戦中には僚艦「長門」らと共に温存されていたが、1943年(昭和18年)6月8日、原因不明の爆発事故を起こし柱島沖で沈没。戦後に浮揚作業が行われ、1970年(昭和45年)には、艦体の一部や菊の御紋章、主砲身や主砲塔などが回収され、日本各地で陸奥の装備が展示された。大戦末期にアメリカ軍の攻撃で沈没し、終戦後に浮揚され解体処分された他の日本軍艦と異なり、艦体の一部が2011年現在も沈没場所に残っている。”

こんな感じです。

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まずは中に入って中二階から全体像を。

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陸奥が沈んだ海域。

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手書きかな。凄く上手いです。

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沈没当時の乗組員の証言が書かれた新聞記事です。沈没後の話はまたwikiから。

”爆沈直後から海軍は「陸奥」引き上げを検討した。可能であれば3ヶ月の工期で再戦力化したいという希望を持っていたが、調査の結果、船体の破損が著しく再生は不可能と判断されたため、浮揚計画は放棄された。1944年(昭和19年)7月、陸奥の燃料庫から重油の回収作業が行われ約600トンを回収した(竹作業)。終戦後の浮揚作業は、占領下の監視の為に行われなかったが、1948年(昭和23年)に西日本海事工業株式会社が艦の搭載物資のサルベージを開始する。この際、許可範囲を超えた引き揚げが行われる「はぎとり事件」が起こり、作業は中断した。
1970年(昭和45年)から深田サルベージ株式会社(現:深田サルベージ建設株式会社)主導によるサルベージが再開され、山口県大島郡周防大島町の陸奥記念館では、引き揚げられた艦首部分や武装の一部、乗員の遺品などが展示されている。引き揚げ当初は1500tクレーンによって艦尾引き揚げを試みたがワイヤーが切れて断念、その後1971年(昭和46年)3月15日に艦尾の浮揚に成功した[44]。同様に第四砲塔が引き揚げられ、内部から数点の遺骨が回収された。沈没場所は浅い瀬戸内海であるが、潮流が速く、視界も悪いため潜水するのは危険な場所である。
2007年現在は艦体の約70%が浮揚され、艦橋部と、艦首部等を除く艦の前部分などが海底に残っている。
2007年(平成19年)4月7日、第六管区海上保安本部は測量船「くるしま」のマルチビーム探測機を用いて「陸奥」の船影を捉え、一般公開した[45]。”

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サルベージ作業中の写真。

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当時使われていた潜水服。

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そしていよいよ海面に出てきた主砲。

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左の人との対比が良い構図ですね。

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こちらは艦首。一度ワイヤーが切れたのだと。

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館内には引き上げられた遺品の数々も展示してあります。

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後は乗組員からの寄贈品と資料が展示されています。こちらは箸置き。こうして今でも使える代物は好きです。

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こちらは艦内新聞。全部を読むのは無理ですが、読めるものもあるそうですね。

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当時の鑑の写真。鑑これをやった後だと艦名を見るだけでテンションが上がるから困ります。

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この手の資料館にある模型を眺めるのも楽しみの一つですが、空母ってやっぱりいいですよね。九七式艦上攻撃機かな。

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資料館の外に出て屋外展示場には陸奥が沈んだ方向を占める矢印があります。

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そしてここには引き上げられたスクリュー、艦首、単装砲が展示されています。

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この付近には桜が植えてあり、季節には良い塩梅になるのではないでしょうか。

後はひたすら来た道を引き返し、大畠駅から自宅まで自走しました。
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広島在住の自転車乗りです。どうにかオタク続けてます。

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